『3000万語の格差』:最近の研究

「手伝おうかな」、18か月児の判断基準


 下に別の記事「名詞と動詞の違いが、子どもの手伝い行動に影響」もあります。いずれも記事の要約です。


18か月児も、決断においてリスク(コスト)と報酬のバランスを考える

●原文:Even toddlers weigh risks, rewards when making choices(2018年9月21日、Kim Eckart, University of Washington)
●研究論文:Infants' prosocial behavior is governed by cost-benefit analyses (2018年8月)


 ワシントン大学(University of Washington)心理学部のJessica Sommerville教授たちがCognition誌に発表した研究から、18か月の子どもでも決断に先んじて「したいか、したくないか」以上の細かな思考をしていることがわかりました。自分がどの程度の努力をつぎこみたいか、その人たちのことが好きかどうかをもとに考えており、この「コスト・便益分析」は、他人を助けたり、他人とものを共有したりする向社会的行動(pro-social behavior)の発達に関わっているだろうとのことです。

 Sommerville教授らは、18か月児前後の160人を対象に、2つの条件下でこの子どもたちがおとなを手助けしようとするかどうかを調べました。

1)1つめの実験:助けるために要する努力の大きさ
ビニル製のブロックを用意。それぞれ約100グラム~約2.3キロと重さが違い、色も違う。子どもはそれぞれのブロックを持ち上げてみて、どれくらい重いかがわかっている。助手がブロックを片付ける際、わざと一つだけ残しておく。子どもの所に「置き忘れられたブロック」は一番軽いブロックであったり、一番重いブロックであったりと異なる。

 助手が部屋の反対側でブロックを積み上げてタワーを作り始め、子どもに「そっちに忘れてきたブロックを持ってきて」と頼む。軽いブロックが手元に残っていた子ども(運ぶ労力が小さい群)は、67%が助手の所までブロックを運んできたが、重いブロックが手元に残っていた子ども(運ぶ労力が大きい群)は38%がブロックを運んできた(差は統計学的に有意)。

2)2つめの実験:「助けたい」という子どもの内的な動機
一人の子どもと一人のおとなが同じ玩具を共有して遊ぶという条件と、一人の子どもと一人のおとながそれぞれ別の玩具で遊ぶという条件に分けた。どちらの条件も、途中で約1.8キロのブロック(運ぶ労力が大きい)を子どものもとに残しておとなが部屋の反対側に移動。おとなと同じ玩具を共有して遊んでいた子どものうち75%が、ブロックをおとなの所まで運んだ一方、おとなとは別の玩具で遊んでいた子どものうちブロックをおとなの所まで運んだのは、57%(差は、統計学的に有意)。


1)の実験結果について。「助ける際、自分にどれだけの労力がかかるかを子どもが考えて判断しているという点で非常に興味深い。判断するには、それぞれのブロックがどれくらい重いかを記憶していなければならず、その記憶が後の自分の行動(部屋の反対側まで運ぶ)に影響するともわかっている必要がある。18か月の子どももそれがわかっているということだ。」(Sommerville教授)

2)の実験結果は、おとなに見られる「in-group(イン・グループ=仲間内)」、好みや価値観が共通する人同士で集まる現象と類似。「子どもの発達上、イン・グループの人たちと関わることは、好き嫌い以上の価値がある。つまり、ものの名前やそれをどうやって使うかなど、文化的に意味のあることを教えてもらえる可能性が高いから。自分に似ている(興味を共有している)人と関わることには、その場の価値だけでなく、先々の価値もある。」(Sommerville教授)

 たとえば、おとながお金を貸す時は、誰にどれだけ貸すか、複数の要素を考えあわせて決めます。それと同じように、子どもの向社会的行動もこれまで考えられてきた以上に複雑で、「したい、したくない」のようなひとつの要素によって決まるわけではないようです。

 Sommerville教授のグループは現在、保護者のほめ言葉が子どもの動機にもたらす影響について調べており、また、別の研究では、生後6か月前後の子どもを対象に、つまらない玩具よりもおもしろい玩具に大きな労力を割くかどうかを調べています。いずれも上の実験同様、小さな子どもがなにかをしようとする時、「コスト・便益分析」をしていることを示唆するものとなるでしょう。

〔訳者コメント〕先に訳した「手伝いをする子ども」と関連するように思えたので、この研究を紹介しました。「まわりのおとなと一緒に、同じことをしたい」という幼い子どもの動機を、「自分で自分のことをする子ども(おとな)」「他人を手伝う子ども(おとな)」へとつなげていくには、子どもと一緒に同じ作業をすることで、おとな(保護者であれ保育者であれ)が子どもにとっての「仲間内」に入っていくことが重要なのでしょう。子どもにむやみと指示する、おとな中心の「仲間」の中に子どもたちを入れていく…、こうした方法が失敗するのは、幼い子どものまわりに対する認知と行動の特徴を無視しているからなのかもしれません。


「お母さんの小さな助手(ヘルパー)になって」と子どもに呼びかけることは、
効果があるどころか害かもしれないと、新しい研究が示す

●原文:Being called “mummy’s little helper” may do a child more harm than good, according to a new study(2018年9月20日、Chelsea Ritschel)
●研究論文:Asking Children to “Be Helpers” Can Backfire After Setbacks(2018年9月)
●2014年の研究論文:"Helping” Versus “Being a Helper”: Invoking the Self to Increase Helping in Young Children


 この記事はまず、〔訳者コメント〕を。『3000万語の格差』に「子どもに『私のヘルパー(名詞)になって』と言うと、『手伝って(動詞)』と言うよりも手伝ってくれる率が高い」という研究結果が出てきます(117ページ)。下に紹介する研究は、従来の研究結果とは逆の結果を示したものです。従来の研究が間違いだったのではなく、条件を変えているので、結果が変わるのは当然。なにより大事なのは、結果が1つや2つ出たから「結論が出た!」とするのではなく、「その結論は本当? こうしてみたら違うかも? ああしてみたら?」と調べ続けることの重要性です。

 また、最後にある通り、これは博士課程の学生の研究です。米国の場合は特に、大学院の学生が従来の研究の条件を少し変えて実験し直したりすることで自分の実績にし、かつこれまで「結論!」とされていた結果を精査するきっかけを作ったりもします。大学院が果たす重要な役割だと思います。

(ここから記事の要約です)
 ニューヨーク大学のMarjorie Rhodes教授らがChild Development誌に発表した研究から、子どもに「手伝って」と頼むほうが「ヘルパーになって」と頼むよりも効果的であることがわかりました。失敗や困難が起きても、前者のほうが子どもは取り組み続けたのです。名詞(ヘルパー/助手、読者、芸術家など)よりも、同じ意味の行動を示す動詞を使ったほうが良いという結果でした。

 この結果は、2014年に出た別の研究結果とは矛盾しますが、今回の研究が違うのは、単純な手伝い行動ではなく、子どもが失敗を経験した後にどういう行動をとるかを、名詞(helper)、動詞(help)の違いとの関連で調べた点です。新しい研究によると、頼まれた作業がうまくいかなかった後、「ヘルパーになって(名詞)」と言われた子どもたちは作業を投げ出す確率が高かったのです。

 名詞(helper)を使うか動詞(help)を使うかの違いと子どもの粘り強さの関係を調べるため、4~5歳の子ども139人を対象に実験をしました。実験では、たとえば「作業をしている途中に箱がテーブルから落ちて、中身が(さっききれいにしたばかりの)床にこぼれてしまう」といった日常でもよく起こる失敗に子どもが直面します。動詞(help、「手伝って」)で頼まれた子どもは、名詞(helper、「助手、ヘルパー」)で頼まれた子どもよりも、こうした失敗の後にも作業をやり遂げる確率が高いという結果でした。

 手伝う作業自体が面倒で、助けることがおとな(実験者)にとってのみ利があり、助けた子どもには利がない、そのような条件でも動詞(help)で頼まれた子どもたちはおとなを手伝いました。それも、子どもにとってのみ利がある、もっと容易な作業条件の時におとなを手伝ったのとほぼ同じ割合で、です。ところが、名詞(helper)で頼まれた子どもたちは、失敗後、手伝う作業が面倒な場合にはほぼ手伝わず、手伝うとすれば、作業が簡単で子ども自身の利になる時だけだったのです。

 「子どもができる行動(=動詞)を言葉にすること―この場合は子どもたちが手助けをできるということ―で、失敗の後にもやり直そうという気持ちにさせられると、この研究結果は示している。その子にラベル(名詞)を与えるよりも、行動(動詞)のほうが効果はあるようだ。」(研究を担当した博士課程の学生Emily Foster-Hansonさん)

 


(要訳:掛札逸美。2018年9月30日)