『3000万語の格差』:最近の研究

会話の数が脳の言語野の発達と相関


聞いた言葉の数ではなく、やりとりの数が脳の発達と相関


(2018年8月に出た研究論文、"Language Exposure Relates to Structural Neural Connectivity in Childhood" 、〔言葉に曝露することが、神経系のつながりに相関〕の論文要約と、ReutersABC Newsの記事から)

「行ったり来たりのやりとり」と脳の発達

 ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)、ペンシルバニア大学の研究から、4~6歳の子どもが保護者とどれだけ「行ったり来たりの言葉のやりとり」をしているかが、左脳の言語野(ウェルニッケ野とブローカ野)の白質間のつながりの強さ、また、言葉のスキルと相関(比例)していることが明らかになった(2018年8月)。この相関は、家族の社会経済的状況を考慮に入れた上でも統計学的に有意であり、保護者が経済的に豊かであるかどうか、保護者の学歴が高いか低いかとは別に(これらとは独立して)、「行ったり来たりのやりとり」の多さに効果があることが示唆された。白質間のつながりの強さは、保護者が話す言葉の多寡とは相関せず、保護者が子どもに向かってただたくさん話すことではなく、保護者が子どもと会話をすることが脳の発達とつながっていることが初めて明らかになったとのこと。

 この研究では、2週間分の土日、40人の子ども(4~6歳。男児27人と女児13人)とその保護者の会話すべてを録音した。保護者の学歴、収入は多様。録音から、子どもが聞いたおとなの言葉の数と、子どもが話した言葉の数を計算した。同時に、子どもが何かを言った後、5秒以内におとなが答えた会話(=「行ったり来たりのやりとり」。「5秒以内」については下の訳者コメントを参照)の数も数えた。

 その後、研究に参加した子どもたちの脳をMRIでスキャンしたところ、言葉の産生・理解と言語処理をつかさどるウェルニッケ野とブローカ野の間のつながりの強さが、「行ったり来たりのやりとり」の数と相関した。保護者の学歴と収入が高い子どもほど、言語スキル・テストの点数は高かったが、学歴と収入の影響を統計学的に取り除いた後も、「行ったり来たりのやりとり」とテストの点数は相関した。つまり、「行ったり来たりのやりとり」の数とテストの点数、脳の発達は、学歴および収入とは独立して比例しているということである。

 また、脳全体のスキャン像を検討した結果、「行ったり来たりのやりとり」が相関していたのは、2つの部位のつながりの強さだけだった。

 研究者が録音しているという状況下で、家族の会話が通常とは異なっていた可能性もあるが、それを考慮に入れても、社会経済的な状況とは無関係に、親子の会話によって子どもの言葉のスキルを伸ばすことができる可能性を示唆している(研究者は「子どもの言葉に対して、すぐに答えてください」等といった細かい指示はしていないので、録音下でおとなが発する言葉はふだんよりも多くなったとしても、5秒以内の「行ったり来たりのやりとり」の部分には影響が少ないと考えられる)。


やりとりの数と脳の活動も相関

 これに先立つ論文(「3000万語の格差を越えて:会話に曝露することが言語に関連する脳の機能と関係」、2018年2月)についても、MITのサイトに掲載されていた。こちらでは、保護者とする会話が多い家庭の子ども(分析の対象になったのは計36人)ほど、fMRIの中で脳スキャンをしながら物語を聞いた時のブローカ野(言語の産生と言語処理を司る)の動きが活発という結果だった。

 こちらの論文が出た時には大学院生だった筆頭著者のRacheal Romeo博士(上の論文が出た現在は、ボストン小児病院のポスドク)は、次のように話している。 「重要なのは、あなたの子ども『に』話すだけではなくて、あなたの子ども『と』話す、という点です。言葉をただ、あなたの子どもの脳に浴びせかけるということではなくて、子どもと実際に会話をするということです。」


訳者のコメント

 この2つの研究は4~6歳を対象にしていますが、脳の言語野はこの年になって急に育つわけではありませんから、それまでの「やりとり」がこのような違いを生んだことになります。4歳までの親子のやりとりの特徴は、その後のやりとりにも反映するでしょうから、乳児期から「聞いて、答える」やりとりをしていたのか、「ただ一方的に親が話す」「子どもの言葉に返事をしない」をしていたのかが、この時点につながっていることになるでしょう。

 ちなみに、「5秒以内」という数字に意味があるわけではありません。この分析上、「やりとり」を定義し、おとなが一方的に話している言葉と分けるための便宜的なもの(操作的定義。ブログの「定義」の項参照)です。なので、日常生活の中で「子どもの話に5秒以内に答えなければならない」とは、決して考えないでください。返答のスピードなどではなく、子どもの言葉に(「3つのT」の言葉を借りれば)チューン・インして答えを返すことが重要なのです。

 もっと言うと、「5秒以内に答えた」という部分を読んで、「すぐにパッと答えるのか」と感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、ストップウォッチで測ってみてください。5秒というのは会話の中では十分に「間(ま)」があります。「子どもに何かを言われて、考えもせずにパッと答える」ではなく、「子どもに何かを言われて、ちょっと考えて答える」で、十分に5秒以内です。つまり、子どもの言葉を聞いて、その内容にチューン・インして、それから答える、それがこの年齢の子どもとの会話だということになるのでしょうか。

 この一連の研究は、やりとりや言葉の量と脳そのものの発達の関係を調べた初めてのものだということですが、おそらくもっと幼い時期にも研究が広がっていくと考えられます。いずれにせよ、「子ども『に』話すことではなく、子ども『と』話すこと」、つまり、チューン・インしてやりとりすることが大事であるという裏付けは増えていくと考えられます。

 

(要訳、解説:掛札逸美。2018年8月14日)