『3000万語の格差』:関連情報

週40時間でも働き過ぎ


「週に39時間以上、働いている? その仕事、あなたを殺すかも」



 以下は、英国ガーディアン紙に2018年1月15日、掲載された記事("Do you work more than 39 hours a week? Your job could be killing you")の要点と、この記事からリンクが貼ってある記事等の要点です。要訳ではありません。要点のみです。リンク先はほぼすべてニュース記事で、関連研究が載っています。関心のある方はどうぞそちらもお読みください。

●米国コロンビア大学医療センターが、活動モニターを使って45歳以上の労働者8000人を調べた結果(2017年)によると、一日のうち、座ったままでいる時間は平均12.3時間。そして、13時間以上座ったままでいた労働者は、11.5時間座ったままの労働者に比べ、2倍、若年死亡(平均寿命の前に死亡する)が高いという結果だった。職場で座ったままでいるというのは、「喫煙と同様の健康影響がある」と研究者は述べている。

●ロンドン・カレッジの研究者たちが8万5000人の労働者(主に中年齢の男女)のデータを検討した結果(2017年)によると、働き過ぎと心血管の異常の間に相関があった。特に、不整脈または心房細動との関連があり、脳卒中のリスクを5倍、高める。

●カナダの研究者が、同国の7065人を12年以上追跡したデータを分析した結果(2018年)によると、週45時間以上、働き続けている女性は、35~40時間働いている女性に比べて糖尿病のリスクが63%高かった。喫煙や運動、飲酒、BMIといった要因を計算に入れても、あまりリスクは減らなかった。一方、男性の場合は労働時間の違いによる影響はみられなかった(他の研究では、低賃金の仕事に就く長時間労働の男性で、糖尿病リスクが上がるという結果もある)。

 理由についてこの研究者は、「女性は家事・育児労働を主にしていること、そして、長時間労働の女性は、男性に比べ、より低賃金の仕事に就いており、そうしたストレスが影響している可能性がある」と説明している。別の研究者は、「労働時間が長いと、自分自身の心身の健康のために使う時間が減るというのも一因」と。

 ちなみに長時間労働(45時間以上)と糖尿病リスクの関連は、日本のデータからも明らかになっている(記事の中にリンクあり)。糖尿病は医療費のかかる疾患であり、他の重大な疾患の入り口ともなることから、特に重要とこの記事は書いている。

●オーストラリア・ナショナル・ユニバーシティの研究者によると(2017年)、週39時間以上の労働は健康にとってリスクがある。

 このオーストラリアの研究は、同国が集めている国レベルのデータを用いて、8000人を対象に労働時間と健康状態の相関を調べたもの。結果によると、女性がいまだ家事・育児労働の大部分を担っている現状から、女性が健康を維持できる労働時間の上限は週34時間。男性が健康を維持できる労働時間の上限は週47時間。両者の平均をとると週39時間。

 この記事の中で研究者は、女性は男性よりも平均的に低賃金であり、自己裁量できる部分が少ないタイプの職業に就いており、この点でも長時間労働のマイナスの健康影響を受けやすいとしている。

●ガーディアン紙の記事には、「1日の労働時間中、労働者が生産的なのは4時間だけ」という記載があるものの、元の記事自体は論文ではないので、別の記事から。

 この研究(2016年)は英国の労働者約2000人を対象にしたもので、労働時間中に実際「何をしているか」を調べた。結果、8時間の労働時間中、労働者が本当に「仕事をしていた」(仕事に関連する立ち話も含む)時間は平均2時間53分(時間の分類はこちら)。後の時間は、仕事と直接関係のないことをしていた。この記事の中にも引用されているが、人間がひとつの作業に集中して取り組めるのは約20分程度が限度。集中できないのに職場に長時間いることで、仕事と無関係のことをしていてもいいのだと皆が思う環境を作ってしまうと、この記事の中で専門家が述べている。

●週40時間をもっと短くすることで、労働者の生産性と健康を向上させようとする動きは世界的に広がっている。1日の労働時間を短くする、または、週の労働日数を減らす動きである。

 たとえば、オーストラリアのテクノロジー教育企業では、2016年、労働日数を週4日に変えた(32時間労働)。その結果、働いている人たちは健康になり、幸福度が上がった。この企業のCEOは、「週に40時間働くというのは、非人道的とすら言える」と話している。

 一方、1日の労働時間を5~6時間に短くするほうが、労働日を減らすより良いと示唆する研究は複数ある。

 たとえば、スウェーデン政府が行った実験(記事の後半)では、2015年1月から2017年1月まで、高齢者居住施設で働く80人の労働者を対象に、1日の労働時間を5~6時間にした。この労働時間で働いた人たちは実験終了後、「より幸福度が高く、ストレスが低く、仕事をより楽しめた」と報告している。

 また、アマゾン社は2016年以降、一部の労働者を週30時間労働とする実験を始めた。この労働者たちは従来の労働時間で働く人に比べて給与は75%になるものの、他の待遇はまったく同じである。低賃金労働の職種にこれを適用することは難しいかもしれないが、高スキルの仕事で人手不足が続く状況では、このような方法には価値がある(質が高く動機づけの高い労働者を集め、生産性を高めるためにも)と考えられ、広がっている。

 一方、オーストラリアの金融企業は2017年末から、給与は変えないまま、労働時間を1日5時間に短縮した。仕事の動機づけ(いわゆる「やる気」)は上がり、病気による有給休暇は激減し、職場の文化が変わり、「長い時間働く労働者が良い労働者」ではないという見方になった。この記事に書かれている通り、「5時間しか働く時間がない」となれば、人間は効率的に働くようになる、ということでもある。

(訳者のコメント)
 ガーディアン紙の最後に書かれている通り、「仕事に意義を感じること」や、あるいは上に出てくる「仕事における自己の裁量のレベル(=autonomy)」は、労働の満足度やストレスにとって大きな要因となります(このあたりは別途、書きます)。とはいえ、「働き過ぎ」が心身の健康に悪影響を及ぼすことは事実であり、それを減らそうという動きが世界的にあることも事実です。

 今のいわゆる「待機児童」の問題も「保育の人手が足りない」問題も、もとをたどれば、日本のこの長時間労働(「労働時間」というよりは、「長時間、職場にいる時間」)の問題であり、労働者の健康、生産性を考えるなら、長時間労働を企業や自治体がやめることが先決でしょう。そうすれば、保護者は今のように長時間、子どもを保育園に預ける必要がなくなり、子どもと過ごす時間も増え、結果、「待機児童」も保育の人手不足も解消されるのです。『3000万語の格差』が勧めている、子どもと保護者のかかわりも当然、増えるでしょうし、保育の質も維持・向上できるはずです。

 もちろん、元・健診団体勤務の者としては、いわゆる生活習慣病(がんの一部も含む)の増加、若年化の背景に、この要因があることも忘れてはいません。自分の心身の健康維持のために使う時間は、誰にとっても権利であるべきで、それが贅沢の一部であってはおかしいのです。米国と日本では、これが贅沢とみなされていますし、「忙しい」と口にすることは社会的な立場の高さであるかのようにかん違いされていますが。

 

(要約、解説:掛札逸美。2018年7月19日)