『3000万語の格差』:注釈と訳注

本書の付録

 米国各地で、各種のすばらしい活動が現在進行中、または準備中です。いずれも子どもたちの可能性が開花する上で直面する問題を解決する一助となるものです。(訳者コメント:全米のさまざまなプログラムのうち、本書にも登場し、付録として解説がついているものだけです。これ以外に原著には約10ページ分、他のプログラムや読者が使える全米のリソースのリンクがあります。「3000万語イニシアティブ」は、子どもの言葉を豊かにし、脳を育てる唯一のプログラムではありません。)

Too Small To Fail

 Too Small To Fail(※)が進めている「話すことは教えること」キャンペーンのキャッチフレーズは「話す、読む、歌う」です。非営利団体ネクスト・ジェネレーションクリントン財団の合同ベンチャーであるこの活動は、ユニビジョン(テレビ局等を有する企業)、Text4baby(アプリ製作等。4=for)、セサミ・ワークショップ米国小児科学会等の協力を得ています。

 たとえば、Text4baby、セサミ・ワークショップと共同で、新しく父母になった人向けにメールで情報を送るプログラムを進めており、すでに全米約82万人の保護者に向けて科学的研究結果に基づいた「話す、読む、歌う」の重要性を伝えました。また、テレビ番組の新たな試みとして、この活動が伝えようとしているメッセージを人気のテレビ・ドラマ ”Orange Is the new Black” やセサミ・ストリートの中にも織り込んでいます。

※もともとあるフレーズは経済学の”Too big to fail”、2008年の恐慌時にもひんぱんに使われた「巨大な金融企業等が倒産することは社会にとってきわめて危険。だから、大きすぎて倒産させられない」という意味。それをもじって、Too small to fail。含意が複数ないので簡単には訳せないが、意味はそういうこと。


Talk With Me Baby

 ジョージア州全体で進められている公衆衛生+教育活動、Talk With Me Baby(赤ちゃん、一緒に話そう)は、のちの学びのために必要不可欠となる脳の発達を促すため、父母や保護者を乳児の「会話のパートナー」に育てることを目指しています。この活動は「言葉の栄養」コーチングを重要な柱とし、子どもの養育に関わっている専門家(看護師や専門施設の栄養士も含む)を対象にしています。

 この先進的な取り組みは、言語の獲得を公衆衛生上の課題とみなしているジョージア州公衆衛生局、同州教育局、アトランタ・スピーチ・スクール(話すと聞くの各種障害を有する人の学校)、エモリー大学看護学部と同小児学部、同大等が運営するマーカス自閉症センター、そして、同州の読み書きキャンペーンGet Georgia Readingとのコラボレーションです。


Reach Out And Read

 Reach Out and Read(※)プログラムは1989年に始まった、全米に広がる非営利活動です。小児科医、家庭医、看護師といった医療職をトレーニング、支援することで、この人たちが定期健診の際、保護者に向けて「読み聞かせ」の大切さを伝えられるように進めています。また、健診の場を通じて、子どもの年齢に合った本を保護者に提供しています。クリニック、ヘルス・センター等全米5000か所と提携し、毎年、400万人以上の子どもたちに650万冊の本を配っています。

 データからは、このプログラムの大きな影響力がわかっています。たとえば、就学前にこのプログラムに参加した子どもたちは、参加しなかった子どもたちに比べ、3~6か月分、語彙テストの点数が高いという結果でした。

※Reach outは、対象に働きかける、手をさしのべるという意味。この場合、対象となるおとな、その子どもたちに、という意味。


Educare

 Ounce of Prevention Fundが創設したエデュケアの目的は、幼い子どもたちの教育のために、プログラム、場所、協力者を提供することです。学校教育の落伍リスクが高い子どもたちは、生後すぐから5歳まで、全日、年間にわたる教育機会を得ることができます。

 これまでの活動から、プラスの結果が出ています。エデュケアに2年またはそれ以上参加した子どもたちは、就学前プログラムの段階で他の子どもたち(リスクの高くない子どもたち)と同レベル、全米平均レベルでした。 エデュケアの基礎は科学です。論文になった研究データを基本にして、教育実践法と評価方法を作っています。このプログラムでは、トレーニングを受けた教育者が保護者をサポートし、子どもの成長発達を最適なものにしていくための要件である健康な親子関係を作れるよう促していきます。保護者は、子どもが生まれる前からエデュケアに参加し、生後最初の5年間、参加し続けます。その中には、学習面と社会感情面の発達を促すための方法も含まれています。

 子どもが学校へあがると、今度はソーシャルワーカーとこの時期専門のカウンセラーを通じてエデュケアとのかかわりが続き、保護者がコミュニティと、各種リソースにアクセスできるよう手助けします。エデュケアによると、プログラムに参加している保護者は(参加していない保護者に比べ)、学校の活動にも積極的に参加し、子どもの学びについて教師とも話し合うそうです。


Mind In The Making

 「家族と仕事研究所」の代表であるエレン・ガリンスキーが中心となって進めているMind in the Making(成長中の心)は、子どもの学びに関する科学を一般市民、家族、専門家に届けてきました。そして、実行機能のひとつとしての自己制御の重要性を保護者が理解するのを助ける役目を果たしてきたのです。

 プログラムは、ガリンスキーが「すべての子どもにとって必要な7つの重要なスキル」と名づけるものに基づいています。つまり、セルフ・コントロール、物事を見通す力、コミュニケーション、つながりを考える力、クリティカル・シンキング、挑戦に向かう態度、そして、自分から学習に没頭できる力。このプログラムは、子どもの実行機能及び認知スキルを育てる方法、そのためのスキルをおとなに伝えることで、おとなを支援しています。

 内容としては、15のコミュニティと州で実施されている「7つの重要なスキルを学ぶステップ」、子どもの発達研究の実験(42映像)を見ることができるDVD集、家族と子どもの専門家が日々直面する子どもの行動の難しさを生活に必要なスキルに変える機会にするための「学びのための処方箋」、「ファースト・ブック(最初の一冊)」等があります。「ファースト・ブック」には、100冊の子どもの本のライブラリーとその本を通じたスキル育てのポイントが掲載されています。


Vroom

 ベゾス・ファミリー財団が創設したVroom(※)は、「すべての保護者が、脳育て係(ブレイン・ビルダー)になれる」を合言葉にしています。各地の団体や自治体が脳発達の科学を理解するためのツール(ハーバード大学)、商品パッケージに脳育てに関するメッセージを掲載する活動、無料のモバイル・アプリなどが柱です。

 保護者がアプリに自分の子どもの年齢を入力すると、その発達段階にあったアドバイスが得られます。たとえば、”Daily Vroom”という情報からは、入浴や食事の時間といった日常場面を脳の発達と実行機能の成長を促す場にするコツが得られます。Vroomの活動全体は、保護者と子どもの肯定的なやりとり、かかわりを促進することを目的としています。

※vroomは、エンジン音を示す単語。または、エンジンがかかった時のような、加速するイメージ。同財団の代表はアマゾンのCEOジェフ・ベゾスの両親。


Procidence Talk

 ロードアイランド州プロビデンス市で進められているProvidence Talks(プロビデンスは話す)は、LENAを用いた1週間おきの家庭訪問プログラムで、保護者が幼い子どもの言葉環境を豊かにできるようコーチングをしています。ブルームバーグ財団「市長たちのチャレンジ」で2012年、最優秀賞を獲得したこのプログラムでは、町全体を対象にしたプロジェクトの影響をブラウン大学と共同で調べています(結果はこのページに)。


Boston Basics Campaign

 マサチューセッツ州で進められているプログラムのひとつ、Boston Basics(ボストンの基礎)のキャンペーンはボストン市長教育会議とハーバード大学「達成度の格差プログラム」の協力のもと、Black Philanthropy Fund(黒人慈善財団)によって進められています。

 キャンペーンは、幼い子どものペアレンティングとケアのための5つの提言を柱とし、「達成度の格差プログラム」の研究成果に加え、専門家会議、ボストン市で幼い子どもの教育に携わるコミュニティとも協力しています。ボストン公共放送Dudley Street Neighborhood Initiative(1984年、貧困地区の住民たちが地域を変えるために作った団体)、乳幼児の学びとペアレンティングに関わる同市の団体や部局などと共に、幼い子どもたちの学びを支援する中心的役割を果たしています。