意識はあるのに、反応/表現できない:認知と運動の解離


 留学から数か月後の2004年2月、フォート・コリンズ市内で青信号の横断歩道を自転車で渡っている時、車にぶつかられ、脳外傷(私の症状は脳震盪+短時間の意識消失。ヘルメットをかぶっていなかった)を負い、それ以来、安全行動の心理学を専門にしている者としては、脳機能の障害はとても大切なテーマのひとつです。
 意識不明、植物状態、昏睡といった言葉で意識の状態は表現されますが、いわゆる「昏睡状態」で目も閉じ、外界からの刺激に反応しない人にはまったく意識がないのか? いわゆる「植物状態」で、覚醒しているように見えても外界刺激に反応しない人はどうなのか? この疑問にひとつの答えを出した研究論文が2024年8月、発表されました(論文要約の日本語訳英語の全文)。

 実験対象は、複数の国の計6施設に入院している成人353人(年齢の中央値37.9歳※)で、これほど多数の実験データが集められたのは初めてだそうです。全員が重度の脳障害を負っており、50%は脳外傷が原因でした(他の原因は、低酸素脳症、脳血管障害など)。
 実験は以下の通りです。
・言葉による指示に対して、外から見てわかる反応をするかどうかを「改訂版・昏睡回復尺度(CRS-R)」で評価。「意味がある反応かどうか」ではなく、なにかしらの反応をするかどうか。
・言葉による指示(認知課題)を出し、脳が認知課題に取り組んでいるかどうかをfMRIと脳波を用いて調べた。認知課題は「あなたがテニスをしている場面を思い浮かべてください」「自分の手のひらを開いたり握ったりしているところを思い浮かべてください」「自分の手のひらを開いたり握ったりしてみてください」など。
・脳障害のない人で起こる脳の動き(fMRI、脳波)と比較する。

 すると、まず、認知課題の前の指示になにかしらの反応をした112人中43人(38%)では、認知課題に対してfMRIまたは脳波で特定の部位に反応が見られたのです。つまり、約4割の人は、「テニスをしている」「手のひらを開いたり閉じたり」を脳の中で思い浮かべていた、あるいはその動きをしようとしていたわけです。外界からの刺激に対して応えることもできず、体も動かせない。でも、課題の指示に従おうと脳は反応していました。いわゆる「認知と運動の解離 cognitive motor dissociation」という現象です。
 そして、認知課題の前の指示に反応がなかった241人でも、60人(25%)がfMRIまたは脳波、あるいはfMRIと脳波の両方で、認知課題の指示に反応して、該当する脳の部位が動いていました。外から見てまったく無反応な昏睡、植物状態の人でも、4人に1人は外から話しかけている言葉の内容がわかり、それに反応しているようなのです。
 認知課題に対して脳の該当する部位が反応した人を、反応しなかった人と比べると、「認知課題の前、言葉による指示に見てわかる反応をした」「年齢が若い」「脳障害の原因が脳外傷」などの傾向がありました(統計学的に有意な違い)。

 私がこの研究結果を知ったのは、集中治療医のDaniela J. Lamas医師が書いたNew York Timesのエッセイ(2025/1/11)でした。Lamas医師は同様の疑問をずっと抱いていたそうですが、この論文を読んでからは、反応のない患者であってもその人が聞いていると思って話しかけながら、診察や検査をするようになったと書いています。

 外界の刺激、外界から入ってくる情報を脳がわかっていても、言葉や体の動きで反応することができないという状態は、いわゆるlocked-in(閉じ込められた状態)、あるいはLocked-in syndrome(閉じ込め症候群)と呼ばれ、稀ではあるものの、さまざまな原因で起こります。昏睡や植物状態とみなされる状態でも、その人の意識は保たれている可能性があると、規模の大きいデータで今回、示されたわけです。

 外界の刺激がわかっていても、反応ができないならどうしようもない…? 脳の中で言葉を生み出す役割を担っている部位から直接、情報を取り出す実験の結果が2025年8月、発表されました。
 この実験は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者3人と、橋(きょう)梗塞の患者1人が対象で、4人とも深刻な構音障害を持っています(=他人に理解できる発語ができない)。実験参加者の一人、Casey Harrellさんの話がNew York Timesに載っていました(2025/8/14)。ALSが進み、話をする能力が失われたHarrellさんは2023年、BrainGate2と呼ばれる長期研究に参加、左脳の運動言語野に電極を埋め込み、「この言葉を言いなさい」という脳の指令を筋肉ではなく、コンピュータに送る仕組みをつくりました。AIの助けも借りることで、コンピュータはHarrellさんから学習した約6000語をほぼ正しく(97.5%の確度)推定できるようになり、それだけでなく、AIが作ったHarrellさんの声(発語能力を失う前に録音した音声から学習)で文章を言うこともできるようになったのです。
 このような技術が進めば、昏睡や植物状態でlocked-inの状態にある人たちが意志を示すこともできるようになるかもしれません。

 New York Timesの記事は、もうひとつ興味深い点にも触れています。Harrellさんのような状態の人たちが「話そう」(=言葉を発する筋肉に脳から指示を出す)とし続けると、とても疲れるそうです。ならば、「話そう」とするのではなく、単に「脳の中で考える」だけで、言葉にできないか? つまり、言葉を生み出す運動野を通さずに、inner voice(脳の中の言葉)をそのまま表現できないか?ということです。
 New York Timesの記事に書かれている別の実験によると、特定の単語を「言おうとした」時とその単語を「思い浮かべた」時では、脳の動きのパターンはほぼ同じ。思い浮かべた単語や文章であってもコンピュータは学習を通じてかなり正確に再現できるようです。ただし、inner voiceをまったく持たずに視覚的イメージや別の方法で考える人もいますから、その場合にどうするのかは…? これからのテーマのようです。

 最後になりますが、なぜ、この話をこのサイトで書いたのか? 今の時点で明らかにわかっているだけでも、未就学児期に保育施設で起きた誤嚥窒息(2018年~)が原因となって重度の脳障害または植物状態で生きている子どもが5人、日本にいるからです。窒息による低酸素脳症で起きた昏睡や植物状態であっても、覚醒する確率はゼロではありませんし、いまや、昏睡や植物状態の人が(反応はできなくても)外界を理解している場合もあるようだとわかったのですから…。もちろん、未就学期の脳障害ですから、おとなのように言語で外界を理解しているわけではないでしょうけれども。
 こうした脳障害が起きないように取り組むことがもっとも重要ではありますが、起きた時、その人たち(子どももおとなも)の状態、特に意識の状態をどのようにみなすべきなのか、こうした実験結果はその認識を変えるのに役立つのではないかと考えた次第です。

※中央値:データを最小値から最大値まで順番に並べた際、ちょうど真ん中に位置する値。平均値は極端に大きな値や小さな値(外れ値)、偏って集まっている値に左右されてしまうため、データのばらつきによっては、中央値を用いる。

オマケ:脳外傷による脳の損傷の程度を調べ、回復の可能性(予後)を推定する方法として、長年、グラスゴー昏睡尺度が使われてきましたが、この尺度はあまりにもおおざっぱで不正確だと指摘され続け、2025年、世界14か国の専門家94人が名を連ねて、新しい尺度を提案しました(Lancet, 2025/6新しい尺度の提案に至る背景

参照論文と記事(上リンク)のタイトル。New York Timesは有料。
  • Cognitive Motor Dissociation in Disorders of Consciousness. 2024.
  • New York Timesの記事. The Terrifying Realization That an Unresponsive Patient Is Still in There. 2025
  • Inner speech in motor cortex and implications for speech neuroprostheses. 2025.
  • New York Timesの記事. For Some Patients, the ‘Inner Voice’ May Soon Be Audible . 2025.
  • A new characterisation of acute traumatic brain injury: the NIH-NINDS TBI Classification and Nomenclature Initiative. 2025.
  • New York Timesの記事. A New System Aims to Save Injured Brains and Lives. 2025.

(2025/8/19)