『3000万語の格差』:関連情報

デジタル機器と子ども (1)


「スマートフォンの電源を切ってください、お母さん、お父さん!」



"Turn Off That Smartphone, Mom and Dad!" Psychology Today(2017年11月23日) 
執筆:ドナ・マシューズ
(心理学博士。発達心理学者で、子ども、思春期、教育について書籍を4冊出版)

(要訳です。記事の後に解説があります。ここで言う「デジタル機器」とはスマートフォンやタブレットのことです)

(記事はここから)
 保護者が何に注意を向けているか、子どもはいつも注目しています。もちろん、そうすることが子ども自身の生存にとって重要だからです。それだけではなく、子どもの社会・感情面の発達にとっても大切です。最近の研究は、保護者のからだはそこにあるのだけれども、スマートフォンに注意が向いていて子どもから気がそれている時、子どもに対する保護者の反応が低い時、それが子どもに与えるダメージを明らかにしています。

研究1:デジタル機器を使っている母親の子どもは…

 生後7か月~2歳を対象にした実験(2017年)によると、母親(※1)がデジタル機器を使っている時、子どもはネガティブな感情・態度を示し、環境の探索もあまりしない。また、デジタル機器を日常、習慣的に使っている母親と、そうでない母親を比べたところ、実験室で母親がデジタル機器を消した時、前者の子どもは後者の子どもに比べて、よりネガティブな態度を示し、感情的な立ち直り(レジリエンス、※2)も弱かった。

 この実験の研究者たちは、「母親が子どもに反応しない、自分の世界に閉じこもってしまうという状況は他にもあるが、デジタル機器を使うことも同様で、幼い子どもの社会・感情的機能、保護者と子どものやりとりにマイナスの影響を及ぼしうる」と述べている。

研究2:子どもは「自分は大切じゃない」と感じ…

 8~13歳の子ども6000人を調べた国際的研究(2015年)から。食事中や会話中などの家族の時間の間に保護者がデジタル機器を使っていると、「自分は(保護者にとって)大切じゃないと感じる」と答えた子どもが32%。自分たちは、保護者の注意をこちらに向けるため、デジタル機器と競わなければならない、とも。回答した子どもの半数以上が、自分の保護者はデジタル機器に時間を費やし過ぎだと回答。

研究3:保護者の気がそれている状態は、社会・感情的発達にマイナス

 別の有名な研究(2016年)では、ラット(ネズミ)を使って実験。親の注意がそれていると、赤ちゃんの発達、特に快を処理する能力と社会活動に参加する能力にマイナスの影響を与えると報告。この実験では、気のそれた状態にある母ラットに育てられた子ラットと、通常の状態の母ラットに育てられた子ラットを比較。

 「子ラットに対する母ラットの注意」以外の実験条件はまったく同じで、気がそれた状態の母ラットとその子ラットも、通常の状態の母ラットと子ラットと同じ時間、過ごした。両者の子ラットの身体的な成長は変わらなかった。けれども、子ラットがある程度育つと、気がそれた状態の母ラットに育てられたラットは通常の状態のラットに比べ、砂糖水を飲む量が少なく、他のラットと関わる時間も少なかった。

 この2つのグループの子ラットで違っていたのは、母ラットから受け取っていた「注意のタイプ」で、気がそれた状態の母ラットは、(子ラットから見ると、通常の母ラットに比べて)予測しにくく、信頼しにくく、子ラットに向ける注意が弱かった。この実験を行った研究者たちは、「一貫性がなく、安定していないケアは、脳の発達を阻害し、後の感情面の障害につながりかねない」と結論づけている。「感情面の発達においては、(子どもにとって親が)予測しやすく、一貫性があることが必要」と言い、このグループはラットの実験を人間の研究にも広げようとしている。

研究4:デジタル機器の使用が、ペアレンティングを邪魔する

 保護者がデジタル機器を使い、子どもたちを無視しているという点を懸念した小児科医とその同僚のグループが、ファスト・フード店でこうした行動を調べる研究をした(2014年)。多くの保護者が、座席に座ると同時にデジタル機器を取り出し、食事中も使用、子どもよりもスマートフォンに夢中になっているように見えた。

 デジタル機器に夢中になっている保護者の子どもたちは、そうではない保護者の子どもに比べて、ふざけた行動や騒々しい行動をとった。機器を使っている保護者は、そうではない保護者に比べていらだちやすく、我慢がなかった。研究者たちは、デジタル機器の使用が健康的なペアレンティングを邪魔しているとし、子どもたちは「私たちおとなを見て、どう会話をし、どう他の人の表情を読むかを学んでいる。そういう学びが起きないのであれば、子どもたちは大切な発達の段階を逃しているということになる」と述べている。

研究5:保護者がデジタル機器を使っていると…

 4歳から18歳の子ども1000人に、保護者のデジタル機器使用に尋ねた研究。保護者がデジタル機器を使っている時、子どもたちの多くが「寂しさ、いらだち、怒り、孤独」といった感情を抱いていると話した。幼い子どもたちの中は、保護者のデジタル機器を壊したり、隠したりした子もいた。

 こうした感情が長期的にどのような影響を及ぼすかは不明だが、この研究者は、「保護者は、子どもがいる場所でデジタル機器を使う前に、考えたほうがいい」と結論づけている。「デジタル機器に夢中になることで、私たちおとなは子どもたちに向けて、あなたたちのことなんてどうでもいい、あなたたちのことには興味がないというメッセージを行動で示していることは間違いない」と書いている。

 子どもと一緒にいる時にデジタル機器を使うということは、保護者の心理学的な閉じこもり、無反応のひとつです。こういった機器を絶対に使うな、とは言っていませんが、かなりの部分は使うべきではありません。子どもが近くにいる時でも、急ぎのテキストや用事の電話をするのはかまわないでしょう。でも、それだけです。子どもと一緒にいる時は、できる限り、子どもたちと一緒にいましょう。電話や他のデジタル機器はしまって。あなたが「こうなってほしい」と願っているすばらしいおとなに育つよう、子どもたちと一緒にいる短い時間を楽しんでください。
(記事はここまで)

※1:レジリエンス(resilience)とは、大きくしなった柳の枝が元通りに戻るような様子を表した単語。ここでは、文脈から「立ち直り」と訳した。
※2:『3000万語の格差』の訳者あとがきに書いた通り、実験対象者が母親なのは、「こうした行動を母親がすべきだから」ではない。母親と父親は生物学的、文化的に異なるため、父母両方を対象にすると研究デザインが複雑になるため。


解説


 研究1は、Tracy A. Dennis-Tiwary博士のグループが行った、いわゆる「能面パラダイム still face paradigm」という方法を使った実験です。『3000万語の格差』の第3章に出てくるトロニック博士の有名な能面実験(訳注参照)は、「親子が自由に関わる→保護者が能面になる→能面から通常の表情に戻る」という3相からなっており、これ自体が実験方法のひとつとなっています。

 元の論文を見ると、研究1では、この「能面になる」の部分を「デジタル機器を使う」に変え、子どもの様子を観察して分類しました。それ以外には、母親は自分の日常のデジタル機器使用時間、子どもの気質(temperament)を回答しています。子どもの気質によっても親との関わりは特徴づけられるからです。その結果、得られたのが上のような結果で、デジタル機器を日常よく使っている母親の子どもはそうではない母親の子どもに比べ、母親がデジタル機器を使っている間(=「能面」の間)、あまり部屋の探索をせず、ポジティブな感情表現も少ない傾向にありました(統計学的に有意な差)。また、デジタル機器を使い終えた時(=「能面から通常の表情に戻った時」)に、探索やポジティブな感情表現に戻りにくかったのです。

 研究2は、オンライン・セキュリティ企業が実施したものです。上の内容以外の結果としては、54%の子どもが「親はデジタル機器をチェックしすぎ」と答え、36%の子どもが質問票の「悪い習慣リスト」の中から「会話をしている時に(親が)デジタル機器を使っている」を選んでいました。

 研究3は神経発達学者Tallie Z. Baram博士のグループの実験で、『ネイチャー』の学術誌に掲載されたものですが、母ラットがどういう環境にいると「気がそれた状態」になるのかがわからなかったので元の論文などを見たところ、「慢性的なストレス・パラダイム」という実験設定があるようです(リンクの写真は別の論文から)。巣をつくる場所と材料を限ることで母ラットはストレス下に置かれるとのこと(ストレスが上がることは、ホルモン等で実験済でしょう)。

 ストレスは高いものの、「気がそれた状態」の母ラットも、通常の環境にいる母ラットと同じケア行動をしたものの、ケア行動のパターンとリズムは両者で大きく異なり、「気がそれた状態」の母ラットが子どもに発信する感覚信号は、「とっちらかった(high-entropy ハイ・エントロピー)」もので、一貫しておらず、予測できないもので、それが感情の発達に大きな影響を及ぼしたと論文では書いています。

 砂糖水を飲む行動と、仲間と遊ぶ行動は、いずれも「快」を感じる能力を示す特徴的な行動で、「気がそれた状態」の母ラットの子どもは、そうではない母ラットの子どもに比べて、いずれの行動も統計学的に有意に少なかった、ということのよう。そして、この論文の著者たちは「この『思春期の無快感症』はしばしば後の鬱につながっているが、この研究では、ラットの無快感症と、ラットの不安や無力感の数値とは関係していなかった」と書いています(つまり、もともとそのラットが持って生まれたものではなく、経験によって獲得した無快感なのだということ。無快感症 anhedoniaとは、感じるべき(感じていた)楽しさや快を感じないことで、心理学の用語)。

 『3000万語の格差』にも書かれていますが、保護者が子どもに出すシグナルが一貫していて、子どもにも予測でき、生活の流れがわかりやすく安定していることが脳の発達には重要です。それを人間で実験することはできないので、ラットを用いたこの実験は重要だということになります。

 2014年に発表された研究4は、この分野の嚆矢とも言える非常に有名なもので、この論文はすでに99本の論文に引用されています。2014年のNPRのニュースは、掛札も聞きました。筆頭研究者である小児科医Jenny Radesky博士(子どもの発達が専門)もニュースで言っていますが、これは「観察」で、厳密な意味の「実験」ではありません。でも、インパクトは大きく、この後のさまざまな研究のきっかけになりました。

 Radesky博士と他の2人の研究者はひと夏かけて、55組の親子をファスト・フード店で(離れた所から)観察しました。40人の保護者が食事中にデジタル機器を使っていました。「デジタル機器と子どものどちらと主たる関わりをしているか」「デジタル使用の頻度、時間、使い方」「子どもの行動:自分で遊んでいるか、保護者の注意をひこうといているか」「保護者が子どもの行動にどう対応しているか」「デジタル機器を保護者だけで使っているか、子どもと一緒に使っているか」なども観察点となりました。

 結果、論文を見ると、「子どもに対する反応が減る」「子どもとの会話が減り、子どもは静かに受け身」「子どもの行動が大きくなり、デジタル機器を使っている保護者が大きな声で叱る」などが、典型的な行動として観察されました。

 Radesky博士は、面と向かったやりとりは子どもが学ぶもっとも大事な方法なのだから、保護者がデジタル機器に夢中になっているのは間違いだとラジオ・ニュースで言っています。上の記事にある引用の前にはこう話しています。「言葉を学び、自分の感情を学び、感情をどうコントロールするかを学ぶ」、それは「おとなが会話をしている姿、おとなが他の人の表情を読みとっている姿を子どもたちが見て学んでいる。もし、そういう学びが起きないのであれば、子どもたちは大切な発達の段階を逃しているということになる」。

 研究5は、研究4と同じラジオ・ニュースで紹介されていますが、心理学者の Catherine Steiner-Adair 博士が実施し、”The Big Disconnect”という書籍の中で紹介している研究です。

(要約、解説:掛札逸美。2018年5月28日)