麻疹感染で免疫記憶が消える
麻疹は感染力がとても強く、重篤化や死亡に至ることも麻疹ウイルスは空気感染する、きわめて感染力の強いウイルスです。ウイルスは空中を数時間にわたって漂い続け、ワクチン未接種の人がウイルスのある空間にいれば90%が感染し、発症します。不顕性感染(無症状の感染)はほぼありません。麻疹感染者の1000人中2~3人が脳や呼吸器系に障害を残すか死亡するほか、10万人に数人の稀な疾患ではあるものの、麻疹ウイルスが中枢神経に潜伏し、感染から数年後に「亜急性硬化性全脳炎」(ほぼ死に至る)を起こすこともあります。
麻疹が直接的原因となって亡くなる人は、世界で見ると毎年約10万人で、大部分はワクチンを接種していない5歳以下の子どもたちです。日本では、2018年に279人、2019年に744人の感染者が報告された後、新型コロナウイルスの世界的流行初期は年間10人程度だったものが、現在、徐々に増えています(2024年は45人、2025年は第13週までで58人。いずれも速報値)。
麻疹感染は「免疫の記憶」を消してしまう(immune amnesia)
どんな感染症でも、体がそのウイルスや細菌と闘っている間は免疫システムを懸命に使っているため、他の感染症にかかりやすくなります。麻疹の場合、これ以上の問題があるらしいとわかっていましたが、2019年、ワクチン未接種で麻疹に感染した子どもを対象にした研究から、麻疹感染が細胞の持っている「免疫の記憶」を消してしまうことが明らかになりました。
まず2012年、霊長類を用いた研究(エラスムス医科大学[オランダ])で、麻疹ウイルスは体内にある記憶細胞(これまで得た免疫記憶を保持している細胞)を、麻疹の免疫記憶に特化した細胞に置き換え、獲得した免疫を消してしまうことがわかりました。
その後、各国の疫学データをもとにした統計学的モデルの検討から、人間でも麻疹感染後に同様の「免疫記憶の消失」が起きていることが示唆されました(Michael Mina博士他の米国とオランダの研究グループ※。2015年)。
そして、Mina博士他の研究グループ(米国、オランダ、フィンランド)が2019年に発表した論文は、麻疹に感染した子どもの抗体を実際に調べることで、実際に免疫記憶が消えていることを示しました。ワクチン未接種で麻疹にかかった子ども77人の抗体を感染前後、詳細に調べた結果、麻疹感染までに自然感染やワクチン接種によって得られていた免疫記憶が、麻疹感染後は11~73%、失われていたのです。一方、麻疹ワクチン(MMRワクチン)接種をした子どもには、このような変化は見られませんでした。
つまり、
・麻疹にかかると、罹患までに接種していた他の感染症のワクチンの効果が著しく減じる。感染して獲得していた免疫力も著しく減じる。
・よって、麻疹から回復した後も他の感染症に対して脆弱な状態。
・麻疹罹患前の状態に免疫が戻るには、3年程度かかる。麻疹罹患前にワクチン接種をしていた感染症の場合、麻疹後には予防接種がないため、感染して免疫を取り戻さざるを得ない。
麻疹特有の免疫記憶消失が起こるメカニズム
麻疹ウイルスが気道内に入ると、肺胞マクロファージ(吸い込んだ微生物や塵埃を処理する係)に感染します。麻疹ウイルスはマクロファージに食べられてしまうことなく、マクロファージを乗っ取り、乗っ取られたマクロファージはウイルスをリンパ節に運び、広げる役目をします(乗っ取るメカニズムはこちら。2019/2024年)。
麻疹ウイルスが免疫記憶を持っている記憶細胞(T細胞やB細胞)と接触すると、記憶細胞も乗っ取られてしまい、ウイルス拡散に加担します(麻疹に限らず、この機序は重篤化のリスクが高いとわかっている)。麻疹ウイルスに感染した/乗っ取られた細胞がなくなることで治癒に向かうため、乗っ取られた記憶細胞と、そこに蓄えられていた免疫の記憶はどんどん壊されてしまうことになります(=免疫記憶の消失)。
一方、麻疹感染直後から体内で新たに、大量に作られる記憶細胞は、麻疹の記憶しか持っておらず(=麻疹免疫の獲得)、結果、麻疹ウイルスに感染した人(ほぼ子ども)は、他の感染症に対する免疫が減弱します。
予防接種は集団(社会)防衛+個人防衛
日本小児科学会もまとめている通り、予防接種には副作用(※※)があり、予防接種(ワクチン)を自分や自分の子どもに接種するかどうかは、個人の選択権の範囲です。一部の予防接種を未就学児施設や学校に入るための義務と定めている国でも、罰則等があるような「義務」ではありません。
けれども、たとえば麻疹のワクチン(MMRワクチン=麻疹、風疹、おたふくかぜ)を接種できるのは生後12か月以降ですから、ゼロ歳児の子どもをこうした感染性疾患から守るのは、おとなの責任です。特に、麻疹は閉じられた空間の空気中に何時間もウイルスが滞留するため、「自分の選択で、ワクチンを打たない」と決めた人が、どこかで見ず知らずの人に感染させてしまうリスクもあるのです。おとなと言っても、これは保護者や家族ではなく、社会全体の「おとな」を意味します。これが予防接種の「集団防衛」「社会防衛」の側面です。
同様のことは、免疫不全疾患を持つ人や、がんや他の病気の治療、臓器移植のために免疫抑制をしている人を守るうえでもあてはまります。免疫抑制を必要とする状態に、いつ、誰がなるかは、わかりません。予防接種の「個人防衛」の視点から見ても、「自分は今、健康なのだから、予防接種は必要ない」と考えることは決して得策ではないのです。
※Michael Mina博士(疫学、免疫学)はハーバード大学等の教授を経て、現在はeMedのChief Science Officer。新型コロナウイルス感染症で、感染後すぐに発熱しても抗体検査、抗原検査で陰性となり、その数日後、陽性となるメカニズムを説明したこの図で有名(2022年、Mina博士の旧Twitterに掲載されていたものを日本語訳)。米国のテキサス州を中心に2015年、広がっている麻疹と、予防接種忌避が増えている状況について、Mina博士は「麻疹がエピデミックに向かっているのではないか」とNew York Timesに書いている。
※※日本語では予防接種についてのみ「副反応」という言葉を使うが、英語では副作用も副反応もside effectなので。
参照論文と記事(上リンク)のタイトル
- 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイトの「麻疹発生動向調査」
- Measles immune suppression: lessons from the macaque model. 2012.
- Long-term measles-induced immunomodulation increases overall childhood infectious disease mortality. 2015.
- Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens. 2019.
- American Society for Microbiologyの記事. Measles and Immune Amnesia. 2019/5. 2024年に更新.
- 日本小児科学会の「知っておきたいわくちん情報」(「わくちん」は入力間違いではありません)
- New York Timesの論考. I study measles. I’m terrified we’re headed for an epidemic. 2025/4/2.
(2025/4/14)