学力や実行機能の発達と、幼少期の家事

(オマケ:存在しない研究が根拠になっていく危険)


 幼少期、おとなの模倣から始まる家事の手伝いが発達を促す様子は『子ども育ての本』にも書きましたが(126ページ~、141ページ~)、おとなと一緒に家事をすることが後の学力や実行機能にどうつながっていくかも明らかになりつつあります。

 2019年、ヴァージニア州立大学子ども病院(米国)のE.M. White博士たちが発表した論文は、2010~2011年の幼稚園児9971人の長期追跡データ(※)を用い、まず、在園中、家で家事をした頻度を割り出しました。そして、この子どもたちが小学校3年になった時点の各種データとの相関を分析したのです。すると、たとえば幼稚園の時に家事をした頻度が高い子どもほど、人間関係スキル、学習スキルが高く、生活に満足している程度も高く、学習面では算数の点数が高い結果でした(「読む」点数と科学の点数には、比例関係が見られず)。
 ちなみに、各種スキルの発達や学習に影響する他の要因(子どもの性別、家庭の所得、保護者の最終学歴など)も分析モデルには含まれています。つまり、子どもの性別や保護者の社会経済的地位の影響を取り除いたうえでもまだ、幼児期の家事が小学校3年時のスキルや算数の点数と比例していたのです。
 ただし、これはあくまでも比例関係にすぎません。「相関(比例)関係は因果関係ではない Correlation is not causation」と英語でよく言う通り、この分析結果をもとに「子どもが家事をした『から』、スキルが高くなった」、つまり「家事をさせれば、子どものスキルが上がる」とは言えないのです。子どもがおとなと一緒にたくさん家事をする家庭では、人間関係や学習のスキルを伸ばし、生活の満足度を高める別の要因も豊かだと想像でき、家事以外の他の活動も皆でしていると容易に想像できます。「子どもが家事をする/しない」は、育ちのうえで核となる象徴的な違いではあるにしても、唯一の決定要因ではありません。

 2022年、ラ・トローブ大学心理学&公衆衛生学部(オーストラリア)のD.L. Tepper博士たちが発表した論文は、さまざまな家事をすることが子どものスキルのどの側面と比例しているかを調べました。5~13歳(平均9.38歳)の子どもがいる保護者207人に、子どもが各種の家事をする頻度と、子どもの実行機能のレベルを尋ねたのです(※※)。
 すると、自分自身のためにする家事(例:自分の食事をつくる)の頻度、家族のためにする家事(例:自分以外の誰かのために食事をつくる)の頻度はどちらも、ワーキング・メモリや自己制御スキルの高さと比例していました。けれども、ペットの世話では、こうした比例関係が見られませんでした。この分析では、子どもの性別、発達課題(自閉症スペクトラムやADHD、読字障害等)の有無も分析に含み、その影響による違いを統計学的に取り除いています。
 こちらの結果もヴァージニアの研究同様、「家事をしている『から』、実行機能が高い」という因果的な結論にはなり得ません。ですが、たとえば玄関を掃除することひとつを取っても、「玄関に大きなゴミが落ちていないようにする」というゴールに向けて「これをする」「次はこれをする」「これが終わったら次はこれ」と、その都度の作業記憶(ワーキング・メモリ)を維持し、作業に従って更新していくスキルは必須です。このスキルは乳幼児期に使えば使うほど、育っていきます。そして、掃除の途中に何かを見つけたとしても、「掃除を終わらせよう!」と注意を切り替えることを繰り返せば、自己制御のスキルも身についていくでしょう。

 日常生活を見れば、各種のスキルや実行機能の発達にとって各種の家事のような行動が有効であることは間違いありません。家事はおとなが繰り返し毎日している行動(=子どもは観察しており、「一緒にしたい」「真似したい」と思っている)で、明らかな文脈(理由と目的、結果)があり、参加することで子どもは帰属意識と「役に立っている」という感覚を得られるからです。
 まず、1歳や2歳の子どもにとって家事は、身近なおとながしていることを真似し、活動に参加することです(『子ども育ての本』122ページ~)。4歳、5歳になれば家事の意味と目的もわかっていきますから、「これをしたら、次はこれ」「条件Aなら〇〇する。条件Bなら△△する」という想定と計画のスキルが身についていくでしょう。条件に合わせて行動を変える柔軟性も、です。
 一方、家事をしている間は、何かに関心が向いても「今はこれ(家事)をしているから」と注意を戻す自己制御が必要になります。家事は自分や家族のためにすることで、かつ、役に立つこと(=自分の帰属欲求を満たすこと)ですから、「ここでこれ(家事)を放り出して、別のことをしてはいけない」という動機を持ち続けやすい文脈の中で子どもは活動することになります。自らの意志を使ってする、自己制御の訓練です。

 比べてみて、たとえば、おままごとをする時はどうでしょう? 玩具や教具、歌を使って数や文字を覚えるようおとなから促された時は? 家事に比べると、ままごとですら、上に書いた要素(模倣、帰属意識、自己制御、明らかな目的に合った想定と計画の繰り返し、一連の行動の理由となっている自分や家族の生活など)が薄く、また、「数や文字を覚えましょう」には、こうした要素がほぼないとわかります。
 いえ、ままごとに意味がないと言っているわけではありませんし、教具や歌を使って数や文字を教えることが無意味だと言っているわけではありません。家事(の手伝い)をすることで、子どもは形や色、数、言葉や文字に興味を持ち、覚えていきますが、形や色、数、言葉や文字を学ばせることから家事(の手伝い)のスキルは育たないと言っているだけです。子どもは生活(実際の経験)の文脈の中から、より多く学んでいく(例:『子ども育ての本』108ページ。『3000万語の格差』154ページ~)のですから、どちらのタイプの学びのほうが子どもにとって効果的かははっきりします。

 こうした研究結果を日常で活かすには? 『子ども育ての本』で紹介した内容とも重複しますが、心理学関連の情報サイトPsychology Todayで2019年の研究を紹介しつつ、Cara Goodwin博士が示しているのは次のような点です。
・子どもがいる空間で保護者が家事をし、モデルを示す。
・子どもに家事を選ばせる。たとえば、「犬に餌をあげる? それともゴミを出す?」など。または、「いつまでにその家事を終わらせるか」を決めるよう促す。(掛札:「イヤ!」と主張したい子どもの感情に、選択を使って働きかける戦略。『子ども育ての本』129ページ)
・家庭で「家事タイム」を設定して、その時間は家族全員がそれぞれに家事をする習慣をつける。
・家事の手順をステップに分け、リストか絵にして示す(子どもに理解しやすい方法で)。ゴールも、できる限り具体的に示す(掛札:「整理整頓して」「片付けて」ではなく、「このように並べて」と具体的に)。
・子どもがおとなのようにできると期待せず、子どもがしたことに感謝する。子どもが取り組んでいる間は(危険でない限り)文句を言わず、(子どもが聞いてこない限り)指示をしない。報酬を与えない(参考:『子ども育ての本』128ページ、141ページ~)。

 集団という大きな制約はあるものの、未就学児施設でも同様のことは可能です。その一例が小倉北ふれあい保育所の保育なのですが、それはまた別項で。


【オマケ:存在しない研究が根拠になっていく危険】

 この原稿を書くきっかけになったのは、「ハーバード大学が続けている85年間の長期追跡研究から、家事(の手伝い)の効果がわかった」という複数の記事でした(最近の記事は2024年。「85年」の部分は記事によって相違)。早速、研究論文を探したのですが見つかりません。記事のひとつにリンクがあった論文は、確かにハーバード大学の研究グループによる長期研究結果でしたが、「家事 chore」という単語すら見つからず…。結局、Reddit(一種の掲示板サイト)でこのスレッドを見つけ、「家事の効果を明らかにしたハーバードの論文」は存在しないことがわかりました。…この確認作業で、やたらと時間がかかったのです。

 私が見つけた記事の中には、研究論文のリンクではなく、「ハーバードの研究で効果がわかった」という別の記事のリンクだけを貼っているものもありました。これでは読者は元の論文を見つけることができず、逆に言えば、論文を見つける労力を割くことなく、「ハーバードの研究で!」と言えてしまうことになります。
 私はもともと、たったひとつの研究を根拠に原稿を書くことはしませんし、まして、研究を紹介した記事だけをもとに原稿を書くこともしませんので、他の原著論文の結果を上で紹介しました。そして、上に書いた内容は、「ハーバード大学の論文」としてネットに載っている内容と一致しますから、今回は、さほど問題がないのかもしれません。ですが、偽の情報、悪意ある情報でも同じことが起こり得るのです。
 特に、一度、外国語から日本語になった情報は、元の言語で原典を確認することが困難になるため、そのまま流布してしまいかねません。言うまでもなく、危険です。日本語訳が間違っている場合もあり、間違いの中には悪意あるいは何かの目的で誤訳しているケースすらあるからです(悪意がなくても、誤訳は困ります…)。

※米国のEarly Childhood Longitudinal Studyは、米国で何期にもわたって進められている大規模長期データ収集プロジェクトのひとつ。米国の人口全体を代表するようにサンプリングされ、個人情報が削除された後のデータは各種の研究等に使うことができる。
※※保護者の申告では、家事の頻度もスキルの程度も過大評価するのでは? 確かにそうです。でも、ある保護者がする申告の歪みは方向が同じと考えられます。つまり、過大評価する保護者は家事の頻度もスキルも大きめに、過小評価する保護者は家事の頻度もスキルも小さめに申告するでしょうから、2つの変数の比例関係を見るうえでは問題がほぼありません。

参照論文と記事(上リンク)のタイトル
  • Associations between household chores and childhood self-competency. 2019
  • Executive functions and household chores: Does engagement in chores predict children's cognition? 2022
  • Should you be making your child do chores? Psychology Today, 2022
  • Can anyone find the actual Harvard study showing chores help kids? Reddit, 2025

(2025/3/20)