クラシック音楽はIQを上げる?
モーツァルトの音楽を赤ちゃんが聞くと、IQが高くなる。「モーツァルト効果」と呼ばれるものですが、これはすでに否定されています。「否定」というよりは、「好きな音楽を聞いた後は気分が良くなって脳の情報処理がちょっと良くなる効果」(BBC、2022年)であり、「好きな文章を読んだ後は」「好きなダンスをした後は」…気分が良くなって脳の情報処理がちょっと良くなる効果だと明らかになりました。この「ちょっと」の効果は子どもでもおとなでも見られます。実は、牛やバッファローでも。1993年、カリフォルニア州立大学アーバイン校の研究結果が『ネイチャー Nature』誌に掲載されました。36人の大学生(←赤ちゃんではない)を3群に分け、全員がビネー式知能検査の空間認識作業テストを受けた後、それぞれ10分間、次のいずれかの環境に置かれました。
・モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ(KV448)」を聞く
・リラックスする音楽を聞く
・静かな場所にいる
その後、再度、ビネーの作業テストをしたところ、モーツァルトを聞いたグループで統計学的に有意にテストの点数が高くなったのです(IQ自体は測っていない)。ただし、この効果は約15分間しか続きませんでした。ちなみに、この研究グループは、「モーツァルト効果」という言葉は使っていません。
いわゆる「モーツァルト効果」が有名になったのは、1997年とその後、ドン・キャンベルが書いた複数の「モーツァルト効果」の本(キャンベルはこの言葉を商標登録)と、その後に効果を喧伝して広まったさまざまな商品によるようです。1998年には当時のジョージア州知事が、「生まれた子どもたち全員にクラシック音楽のテープかCDを配ろう」と年間10万5000ドルの予算を付けたぐらいです。
その後、40弱の研究結果を合わせて「モーツァルト効果」を検討した、2010年のメタ分析(※)によると、空間認識の作業タスクにおいてモーツアルトのピアノ・ソナタや他の音楽が特に効果を示すという結果は得られませんでした。一方、10~11歳児8120人を対象にした英国の実験では、モーツァルトよりもこの子どもたちが好きな音楽を聞くほうが、空間認識の作業タスク結果が良くなりました(2006年の論文)。いずれにせよ、こうした効果はきわめて短時間で消えます。つまり、好きな刺激(音楽でも本でもダンスでも飲み物でも)に曝露した後は、短時間ではあるものの作業効率が良くなる、ということです。同様の効果は、乳牛(バッファローを含む)でも見られ、搾乳前に乳牛に音楽を聞かせたり、乳牛の胴をなでたりすると、乳量が増えるようです(2023年の論文)。
ドイツ政府の研究担当相は300以上の研究をもとに2007年、このように言っています。「モーツァルトをただ聞くだけで…モーツァルト以外でもとにかく好きな音楽を聞くだけで…、あなたが賢くなることはありません。」
※メタ分析:同じテーマで比較結果が示された複数の研究論文から結果を抽出して、違いがどれほど大きいか、小さいかを計算し直す分析手法(計算方法は複数)。ただし、統計学的な有意差が得られなかった論文や、研究グループの期待する結果が得られなかった論文はほぼ発表されないため(お蔵入り問題、file drawer efect)、メタ分析は効果の過大評価につながり、医療や薬品の研究においては特に問題になる(公表バイアス、publication bias)。そのため、現在はそのメタ分析が有する公表バイアスのリスクも各種の方法で計算して、論文に記載する。
参照論文と記事(上リンク)のタイトル
- 英国BBCの動画記事. Can listening to classical music really boost intelligence? 2022.
- Music and spatial task performance. 1993.
- Mozart effect–Shmozart effect: A meta-analysis. 2010.
- Music listening and cognitive abilities in 10- and 11-year-olds: The Blur effect. 2006.
- Music and Tactile Stimuli during Daily Milking Affect the Welfare and Productivity of Dairy Cows. 2023.
- ネイチャー誌に掲載された記事. German government decides to tackle the myth of the 'Mozart effect'. 2007.
(2025/1/3)