産後鬱と、妊娠中の脳の変化


 産後鬱は、出産した女性の約7人に1人が経験するものです(『子ども育ての本』160ページ、『ペアレント・ネイション』184ページ。※)。妊娠直後から出産後数か月、数年の間、女性の脳は大きく変化することが近年わかってきましたが、この時期の鬱などの原因解明や予防につながる研究は始まったばかりです。この分野の研究を続けているGregorio Marañón医学研究所(マドリッド、スペイン)のSusana Carmona博士(神経学)の研究グループは2025年3月、周産期の鬱とこの時期の脳の海馬、扁桃体の容積変化の関係を調べた世界で初めての結果を発表しました(リンクは、博士のインタビュー記事「女性の脳に関してわかっていることは、宇宙についてわかっていることよりもずっと少ない」)。

 研究では、初めて妊娠した女性88人の海馬(記憶と感情を司る)と扁桃体(感情を司る)を高解像度MRIで妊娠後期と出産直後に撮影、妊娠していない女性30人で同様に2回撮影した画像と比較しました(全員、鬱などの既往なし)。妊娠した女性は妊娠中と出産後の気分、出産経験を評価する問診票も記入しています。すると、妊娠中の鬱症状の強さは、扁桃体の右側が大きくなる変化と相関、出産自体が「困難」「ストレス」だったと感じている女性ほど海馬の特定の部位が有意に大きいという結果でした。88人中15人は出産後、中程度の鬱症状を訴え、別の13人は症状が深刻で受診を要しました。ちなみに、出産が「困難」「ストレス」という部分には分娩経験だけではなく、家族や医療スタッフの態度なども含まれています。

 この研究はあくまでも相関関係を示しただけで、因果関係の方向の強さはわかりません。気分の変化やストレスが扁桃体や海馬の容積の変化をもたらしたのか、扁桃体や海馬の特徴が気分の変化やストレスを強めたのかは、わからないのです。そして、もちろん、両方に作用する他の要因もあるはずです。いずれにしても、従来、出産後の気分の落ち込みや鬱を「本人の気の持ち方次第」のように言ってきたことが誤りであり、今後、研究が進むことで予防にも活かせるようになっていくことでしょう。

※この論文が参照している数字では、出産した女性の7~44%が「出産はトラウマティックだった」と言い、10%は出産に関連したPTSDを発症し、17%は産後鬱を発症。

(2025/4/6)